00-IMG_8130

梅林口バス停


00-IMG_8128



00-IMG_8006


古いベンチ


00-IMG_8010

時計 宝石 専門店

みよし





00-IMG_8009

御婚礼家具
フランスベット
応接セット   

肝心なところが見えない( ノД`)シクシク…


00-IMG_8132


00-IMG_8133

平駄馬、迫目へ行く泉橋


00-IMG_8135
渡り

右折

00-IMG_8143



00-IMG_8144
もう一つ橋がある


00-IMG_8145


00-IMG_8146

その記念碑と思われる


00-IMG_8151





00-IMG_8153


川はトンネルを流れる

光満駅跡と泉橋



00-IMG_8169
さらに進む


00-IMG_8170

集会所


00-IMG_8166


00-IMG_8167

「日の組陽だまりの部屋」

00-IMG_8168


振り返ったところ


00-IMG_8169


さらに進めば

山沿いに道が見える


00-IMG_8170



00-IMG_8171


草深い


00-IMG_8172



00-IMG_8173




00-IMG_8175
シキビが植えられている


00-IMG_8177

務田方面



00-IMG_8178

宇和島方面


00-IMG_8179


少し先の


00-IMG_8177


務田方面



00-IMG_8194

ここより上り坂となる

当時務田駅から宇和島駅まで、坊っちゃん列車同然の可愛い汽車で20分ばかり行きはいいが、」帰りは上り坂のため乗客でも多い時は立ち往生をしてしまうときも珍しくなかった。
宇和島駅と務田駅の中間に、小屋作りの無人駅があった。列車がよく止まるのはこの光満駅を過ぎて間もない急坂地である。
停車している間に花をちぎったり、時には「だいだい」を「いただいたりして騒ぎまわったものだ。
愛媛県立宇和島中学代43期生入学50周年卒業45周年記念誌
宇中43期生記念誌発行委員会編(1989年)汽車通懐古







00-IMG_8189




難所・光満谷
宇和島鉄道中、最大の難所は宇和島から三間盆地に抜ける間にある光満谷だった。
急こう配、急カーブが多く、力の弱い小型機関車は常に泣かされた。
兵頭さんは最初は宮野下駅の駅手、やがて車掌とともに列車に乗務するようになった。
列車の編成は愛媛鉄道とほぼ同じで、機関車、貨車三両、続いて客車二両がつながれ、最後尾が緩急車という編成だった。
坊っちゃん列車級の機関車は非力で、光満谷にかかると極端にスピードが落ちた。春先、、線路沿いの草地に虎杖が伸びてきたのを見つけると、兵頭さんはよく採集を楽しんだ。もちろん勤務中である。走っている列車から降り、イタドリをつんでも、小走りで列車に追い付くことができた。

「愛媛の明治・大正史(愛媛文化双書)」1984年

00-IMG_8186


00-IMG_8187



00-IMG_8195

木の枕木









00-IMG_8176

宇和島方面

機関車は水タンクを持っている。これに補給するための水槽が宇和島駅と近永駅、それに光満駅の三か所にあった。
宇和島駅と近永駅では酒樽のような大きな樽に水をためていた。ポンプがなかったので駅員らは手桶にくみ、機関車へ運んだ。光満谷では山からわき出る水をためていた。機関車よりも高い所に設置してあり、桶を使う必要がなかった。
機関車は光満駅で再び水を一杯に張り、白い蒸気を吐きながら急坂を上って行った。


00-IMG_8185


この山際のコンクリートは?


00-IMG_8180



00-IMG_8181

或いはここに、水桶があったのかと想像した。



00-IMG_8193



00-IMG_8183



00-IMG_8188

太い竹が生えてる


00-IMG_8184
県道方面


00-IMG_8198


何かの角が落ちていた


00-IMG_8136

あ、下り(宇和島方面)の汽車

00-IMG_8138

ギギギとブレーキ音を響かせながら、旧光満駅方面へ


上り坂が苦しいのなら、下り坂は楽だろうーーーそう考えるのはシロウト

坂を下るときの方がずっと危険だった。貨車には坑木用の木材や、米、炭などが積まれている。
ブレーキは機関車についているだけ。機関車の重量はわずか10トン。後ろの貨車や客車に押されて、とてもブレーキが利かない。
機関車は花火が出るほどブレーキをかけるが、猛スピードの急坂を滑り降りた。このままではとても光満駅では止まれない。
そのため最後尾の緩急車には制動手が乗っていた。
緩急車とは文字通り、スピードを調節する車で、手でハンドルを回すブレーキがついていた。このブレーキは客車にも備えられていた。


務田駅を出、トンネルを抜けると光満谷だ。
本務車掌や制動手は大急ぎでブレーキに手をかけた。「ポーポー」汽笛が二つ鳴れば「軽く締めろ」という合図。三つ続けて鳴れば「最高に締めろ」という合図だった。


疑問
セイコウさんが子供のころ、予土線で松丸にいたっときの思い出

「機関車は、行は機関車を先頭に普通に走ったが、帰りは後ろ向きで走った」つまり方向転換することができなかったので、逆向きのまま宇和島に帰っていた。
そうなると上記の文章は少し矛盾が生じる。







スクリーンショット (41)


000DSCN1931



sasaki

ささき整体施術院
(事情により、一部画像にモザイクがかかっております)


愛媛県宇和島市坂下津乙18-5

電話番号 0895-23-7177

施術料金 1時間 4,000円

完全予約制




ma1ランキング参加中 ポチッと押してね。<(_ _)>




にほんブログ村 地域生活(街) 四国ブログ 愛媛県情報へ
にほんブログ村

にほんブログ村 健康ブログ 整体へ
にほんブログ村